時間のゴミ捨て場

暇な大学生の隙自語ブログです。将来きっと黒歴史になります。

斜めで行う社交

【はじめに】

お久しぶりになるのでしょうか。前回の更新を何時したか、何を書いたかなど忘れてしまう程にはご無沙汰な気がしますが、皆さんは如何お過ごしでしょうか。私は生活の質がどんどん落ちていっている下り坂の堕落した毎日を送っております。お腹が常時減っています。ご飯を食べるにも色々段階を踏まなきゃ食べられない一人暮らしの辛さ。最近は自炊もサボってコンビニ飯やデリバリーピザとか食べてます。どうにかせねば…。

 

【溢れる容器】

思えば数ヶ月前、自己嫌悪と自己弁護を繰り返す日々の鬱憤を晴らすためにブログを書き始めました。半年以上が経過し、その当時の記事を読み返すととても恥ずかしくなります。昔の自分は一体何を考えていたのだろうか。どうしてこんな事を始めたのだろうか。考えれば考える程、当時の自分がわからなくなります。過去の自分が、今の自分と同一とは思えない。昔の記憶を思い返せば、まるで他人の記憶を見ているような気がしてならない。日々積み重なる時間とそれに伴う経験や考え。それらはコップに注がれる水で、許容量が決まっている。だからある日、その許容量が一杯になった時に、今まで入っていた液体は外へ外へと押し流されていくのです。きっと昔の思いや考えは、そうやって溢れ出てしまったのでしょう。私の容器は随分前から溢れており、だから思考は浅くて軽い、ふわふわとしたものしか産まないのだと思います。今感じた、何の根拠も裏付けもない、文字通り「脳なし」の戯言。

 

もう思考が混濁して何を言いたいのかが不明瞭になってきたので次に行きます。

 

【時を刻む物】

私が一番破壊したいものといえば人間社会ですが、次に破壊したいものは時間です。機械的で、無情に、刻一刻とすすむ時間は物事の価値を計る尺度にも使われます。勉強に費やした一時間、ゲームをした一時間、ブログを書いた一時間。作業を終え、ふと時計をみて費やした時間を認識する都度「ああもうこんなに作業してたのか」となります。それが勉強なら達成感が芽生えますが、ゲームやブログは「こんなことにこれだけ時間を費やしたのか…」とどこかで思ってしまいます。生産性と社会性の高い作業ばかりしていれば、私のようには思わないのでしょうが、今まで見た分かる通り自堕落で昼行灯な自分にとって費やした時間に対する感想は主に後悔が多いです。時間に縛られず、日が昇れば起き、沈めば眠る。そんな悠々とした生活を送りたいです。

 

【終わりに】

いつの間にかノルマ達成しておりました。見返せば見返す程意味のわからない文章ですが、推敲や校正する気にはならないので、このまま投稿してやりたいと思います。何時にもまして脊髄文章でしたが、ここまで見てくださった方には心から感謝とお詫びを申し上げたいと思います。では、また機会があれば。さらば愛しの大統領